ヨブ記34ー37章 ーー 神様の正義、私達の傲慢

たくさんの人々は神様の良い性格、また神様の存在を疑います。彼らは言います。「もし、神様が存在したら、また、神様が良い方だったら、どうして、この世界に悪があるでしょうか。どうして、神様は悪をすべて取り除かないでしょうか。悪があるから、絶対神様は存在しない。でも、もし存在しているのなら、神様は良い方じゃないです。」

ヨブも、20ー21と23章で、その疑問について話しました。ヨブは尋ねた。「どうして、たくさんの悪人は罰されないでしょうか。」

でも、エリフは答えた。

神は決して悪を行わない。全能者は公義を曲げない。(34:12)

そして、14ー15節で、エリフは本当に大切なポイントを言います。もし、神様が完全な正義を強要したら、すべての人々が滅ぼされます。(34:14ー15)

なぜならば、私達は皆、罪を犯したからです。

そして、エリフは言った。「神様はすべての悪人を今罰していないかもしれないけど、私たちが悪人は決して罰せられていないとは言えない。そして、神様はえこひいきを示さない。結局すべての罪人は自分の罪のために払います。

でも、もし、神様の憐れみによって、今何もしていないなら、どうやって、私達は文句を言えるでしょうか。なぜなら、もし、神様が哀れみを示さないと、皆は滅ぼされてしまいます。」(34:18ー19)

そして、エリフはへりくだっている人とヨブと比べた。へりくだっている人は自分の罪のために悔い改めるけど、ヨブは神様の正義を疑問視していた。エリフは聞いた。「神様はその態度に報いるでしょうか。あなたは悪人のように話している。」

35章で、エリフはヨブの言葉の矛盾を指摘した。ヨブは、神様がヨブの言葉を聞いたら、汚名をそそぐと言ったけど、彼は神様の正義を疑った。

でも、もし、ヨブが言ったように、神様が不正義な方だったら、ヨブが無罪かどうか気にしない。

その後で、エリフは「もし、神様が不正義の方であれば、どうして、私達は良いことをするべきでしょうか。」の傲慢な疑問に答える。

ヨブはその言葉を使わなかったけど、もし、ヨブが言ったように、神様が悪人を罰しないと、たくさんの人々がそうのように考えます。

エリフはこう答えた。神様が私達が悪から逃げて、正しいことをしなさいという時に、それは、神様の益のためじゃないです。それは、私達の益のためです。

もちろん、神様は私達を裁きます。また、私達の罪は神様との関係に影響を与えるけど、私達の行動は神様よりも、私達と周りの人々を影響に与える。だから、私達が神様の命令を無視したら、私達自分自身を傷つきます。(35:6ー8)

それに、エリフは他のポイントを指摘した。たくさんの人々は苦しみによって叫ぶけど、多くの場合、神様に心を向けない。彼らの傲慢の態度を持ち続けるから、神様はその叫びを聞かない。だから、エリフはヨブに言った。「あなたも、そのような態度を持っているよ。あなたが神様の正義を疑うと、神様はあなたの叫びに答えるべきでしょうか。」(35:9ー15)

そして、36章で、もう一度、彼は繰り返します。神様は悪人を罰する。そして、正しい人々が苦しんでも(ヨブの友達はそれを認めなかった)、神様は彼らを高くしてくださる。(36:6ー7)

でも、エリフはヨブを警告した。もし、神様が苦しみによってヨブを懲らしめているなら、神様はその理由を与える。沈黙しない。(多分、ここで、エリフが暗に認めるのは、神様がヨブにどうして彼が苦しんでいるかまだ言っていないことです。)

しかし、神様が「悔い改めなさい」と言ったら、ヨブはへりくだって聞いて、また苦い心を捨てなくてはならない。そうしないと、ヨブは結局滅ぼされます。(36:8ー13)

その後で、エリフはもう一つの警告を与えた。神様の正義を疑い続けたら、その態度は罪に導くかもしれない。(36:17ー19)

最後に、エリフは言った。「あなたは神様を裁く立場がない。神様がその苦しみを許すことを批判する立場がない。」

エリフは言った。

22 見よ。神は力にすぐれておられる。神のような教師が、だれかいようか。

23 だれが、神にその道を指図したのか。だれが、「あなたは不正をした」と言ったのか。(36:22ー23)。

また、

26 見よ。神はいと高く、私たちには知ることができない。その年の数も測り知ることができない。 (36:26)

エリフは続けました。

5 神は、御声で驚くほどに雷鳴をとどろかせ、私たちの知りえない大きなことをされる。 (37:5)

最後に、エリフは言った。

19 神に何と言うべきかを私たちに教えよ。やみのために、私たちのことばを並べることができない。

20 私が語りたいと、神にどうして伝えられようか。人が尋ねるなら、必ず彼は滅ぼされる。

21 今、雨雲の中に輝いている光を見ることはできない。しかし、風が吹き去るとこれをきよめる。(37:19ー21)

つまり、「神様と弁論したいでしょうか。あなたの理解は小さすぎるし、暗いから、良い弁論ができない。神様の知恵と知識はあなたのを圧倒するよ。神様の聖さはあなたのを圧倒するよ。」

私たちは何を学べるでしょうか。私たちが神様の正義を疑問視することは傲慢です。神様と比べると私たちは何も知らない。また、私たちは罪深くて、どうやって、私たちが神様の正義を疑問視できますか。私たちは神様から答えを要求する立場ではないです。

そうだったら、私たちは疑問があったら、どうしましょうか。難しいけど、私たちはその疑問を置いておいて、神様を信じる。神様の良い性格を信じる。神様の正義を信じる。神様の知恵を信じる。そうすれば、神様は私たちの信仰に報います。

エリフが言ったように、

23 私たちが見つけることのできない全能者は、力とさばきにすぐれた方。義に富み、苦しめることをしない。

24 だから、人々は神を恐れなければならない。神は心のこざかしい者を決して顧みない。(ヨブ記37:23-24)

bkshiroma について

I'm from Hawaii, but have been in Japan as a missionary/English teacher since 1995. I'm currently going to a church called Crossroad Nishinomiya, an international church in Nishinomiya, a city right between Kobe and Osaka. Check out their website: crossroad-web.com 私がハワイから来ましたけど1995年に宣教師と英会話の教師として日本に引っ越しました。 今西宮にあるクロスロード西宮という国際の教会に行っています。どうぞ、そのホムページを見てください: crossroad-web.com
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