ヨブ記3章 – 私たちが見えないもの

この箇所で、ヨブは本当に失望している。ヨブの尊いものを全て奪われてしまったから。ヨブの子供は亡くなったし、妻は苦い心があったし、ヨブの持ち物が全部なくなったし、体には腫瘍がいっぱいあった。

この状況では、誰でも心が折れてしまうのは不思議じゃないと思う。そして、ヨブは自分の感情を表現する。自分の誕生日を呪ったし、生まれ出たときにどうして死ななかったかと思った。ヨブは自殺をしたくなかったと思うけど、寝るときに、「決して起きないといいのに。」と思った。

でも、毎日、目覚めたし、彼の状態はまだ大変でした。そして、彼は思った。「どうして、苦しんでいる人はそのように生きなくてならないでしょうか。つまり、何で、悔しく苦い人生を生きなくてはならないのだろう。」

そして、ヨブは訊いた。

神が囲いに閉じ込めて、自分の道が隠されている人に、なぜ、光が与えられるのだろう。(23)

つまり、私の人生の目的が見えない。私はトラブルしかないし、ずっとそれは続いているのに、どうして、神様がこの命を与えたでしょうか。

最後に、ヨブは言った。

24 実に、私には食物の代わりに嘆きが来て、私のうめき声は水のようにあふれ出る。

25 私の最も恐れたものが、私を襲い、私のおびえたものが、私の身にふりかかったからだ。

26 私には安らぎもなく、休みもなく、いこいもなく、心はかき乱されている。

それはヨブの地上からの視点でした。

でも、天の視点はどうですか。どうしてか私は分からないけど、ヨブはその視点を決して見なかった。ヨブは、神様がヨブのことを天使とサタンの前に誇ったことを全然知らなかった。

それに、神様が、その試練を許した理由は、ヨブに敵対したわけではなかった。むしろ、神様はヨブがこの試練を乗り越えることを確信しましたから、その試練が起こることを許した。でも、神様はそのことをヨブに全然教えなかった。

また、大変なことが起こっても、神様がまだヨブの人生の上に手をおいていたことをヨブは全然知らなかった。サタンはヨブを完全に破壊したかったのに、神様がそれを許さなかった。でも、それも、ヨブには全然教えられなかった。

私達も試練に直面するときに、どうして、その悪いことが起こっているか理解できない。そして、神様が私達に反対すると思います。神様はもう愛さないと思います。あるいは、神様が私たちのことをもう気にしないと思うかもしれない。

でも、私達に対して、神様の愛が決して止まらないことを忘れないでください。むしろ、神様が誇っている父として、私たちのことを考えるし、私たちのことを信じることを思い出してください。

それに、何が起こっても、神様は守りの手を私達から取り去らないし、私達が耐えられない試練を決して許さないことを覚えていてください。

パウロはこう書いた。

あなたがたの会った試練はみな人の知らないものではありません。神は真実な方ですから、あなたがたを、耐えられないほどの試練に会わせることはなさいません。むしろ、耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えてくださいます。(第一コリント10:13)

bkshiroma について

I'm from Hawaii, but have been in Japan as a missionary/English teacher since 1995. I'm currently going to a church called Crossroad Nishinomiya, an international church in Nishinomiya, a city right between Kobe and Osaka. Check out their website: crossroad-web.com 私がハワイから来ましたけど1995年に宣教師と英会話の教師として日本に引っ越しました。 今西宮にあるクロスロード西宮という国際の教会に行っています。どうぞ、そのホムページを見てください: crossroad-web.com
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