民数紀20章14-21 – 境界線を尊重すること

人は誰でも境界線がある。私達は皆人間関係の中で、相手に許してあげることもあるし、相手に許してあげないこともあります。つまり、皆それぞれ、受け入れられる言葉と行動があります。また、受け入れられない言葉と行動があります。もし、私達が健康的な人間関係を守りたいなら、その境界線を尊重しなくてはならない。

例えば、何年か前、私は友達から辛いメールをもらった。その前に、私がメールを送って、冗談を書いたけど、友達は本気に取って怒って、私に本当に怒った内容の返事を書いた。なぜならば、私は境界線を越えてしまって、友達を傷つけたからです。そして、彼女ははっきり言った。「そんな言葉を絶対に許せない。」

その時、私には選択があった。それは、その境界線を守って、その関係を続けること。それとも、その境界線を無視して、その関係を壊すこと。でも、私にとっては本当に簡単な決断でした。私は謝った。それから、私は言葉に気をつけるようになりました。

モーセとイスラエル人はエドム人に出会った時に、境界線に直面した。彼らの先祖は親族でした。イスラエル人はヤコブの子孫だったし、エオム人はヤコブのお兄さんエサウの子孫でした。

イスラエル人はエドムを通りたかった。でも、エドムの王は「だめ」だと言いました。

イスラエル人は説得しようとして言った。

私たちは公道を登って行きます。私たちと私たちの家畜があなたの水を飲むことがあれば、その代価を払います。ただ、歩いて通り過ぎるだけです。(19)

それでも、エドムの王は拒絶した。そして、強力な大軍勢を率いて彼らを迎え撃つために出て来た。

そして、イスラエル人はエドムを回避した。申命記2:4-8で、神様はイスラエル人に「エドムの境界線を尊重しなさい。」と命令した。だから、イスラエル人はそうしました。

あなたはどうですか。周りの人の境界線を尊重するでしょうか。誰かが「だめ」だと言っても、あなたはそれを無視して、境界線を越えるでしょうか。

時々、彼らはあなたに言います。「そんな言葉は私を傷つけるよ。そんな言葉を言わないで下さい。」

もしくは彼らは言います。「あなたがそのことをしたら、私を傷つけるよ。止めてください。」

境界線を尊重するのは、相手の感情を尊重することです。そして、「はい、分かります。私にとってはあなたが大事な人だから、私はもうしないです」と言うことです。そうすれば、私達の人間関係は健康になります。

でも、相手の感情を無視して、何回も、その境界線を越えるなら、その関係を壊す。たくさんの友人関係,また、たくさんの結婚は、その境界線の問題によって、だめになってしまった。

あなたは、人間関係の中で、何の境界線を越えたでしょうか。イエス様は言った。

もし兄弟にうらまれていることをそこで思い出したなら。。。出て行って、まずあなたの兄弟と仲直りをしなさい。  (マタイ5:23-24)

つまり、あなたが境界線を破ったら、それを直してください。私達は相手の感情に敏感であって、境界線を守りましょう。

広告

bkshiroma について

I'm from Hawaii, but have been in Japan as a missionary/English teacher since 1995. I'm currently going to a church called Crossroad Nishinomiya, an international church in Nishinomiya, a city right between Kobe and Osaka. Check out their website: crossroad-web.com 私がハワイから来ましたけど1995年に宣教師と英会話の教師として日本に引っ越しました。 今西宮にあるクロスロード西宮という国際の教会に行っています。どうぞ、そのホムページを見てください: crossroad-web.com
カテゴリー: モーセ五書, 旧約聖書, 民数紀 パーマリンク

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中