民数紀7章 – 私は神様に捧げるときに

英語で、クリスマスの12日という歌があります。その歌は、何回も、何回も同じ言葉を繰り返します。その歌が終わるまでに、本当に疲れる。だから、その歌が別に好きじゃないです。

この箇所を読んだら、私は同じような感じがあります。イスラエルの12の部族は神様に同じ贈り物を捧げた。だから、同じ言葉を12回繰り返します。モーセの五書の中でこれは一番長い章です (89節です)。何で、「部族の全ては同じ贈り物を捧げた」と書いていないでしょうか。その方がもっと早いでしょう?

多分、神様が私達の贈り物をもらうときに、本当に嬉しいからです。神様が本当に喜ぶからです。神様は「はい、はい、はい。分かった。分かった。ありがとうね。でも、ちょっと忙しいから、もう行ってね。次の人が贈り物を持ってくるから。」と言わない。むしろ、神様が私達の贈り物を見て、尊い物とみなす。

各イスラエルの部族は自分の捧げる日があった。同じ贈り物を捧げても、モーセはちゃんと記録しました。

神様は私達の贈り物をそのように考えます。私達が何を捧げても、十一献金でも、時間でも、私達の努力でも、神様はそれを見て、記録する。どうしてでしょうか。私達が神様の尊い子供だからです。そして、私達は愛によって、神様を喜ばせたいなら、神様の心に触れる。

「神様にとっては私はあまり大事な人じゃない」と考えたことありますか。「私はあまりいいものを神様に捧げることができない」と考えたことがありますか。神様にとっては一番欲しいのはあなたの心です。もし、神様があなたの心を持っているなら、あなたが何を捧げても大丈夫です。あなたの心を持っているなら、あなたとあなたの贈り物を世界の中で一番尊いものとみなしてくださいます。

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bkshiroma について

I'm from Hawaii, but have been in Japan as a missionary/English teacher since 1995. I'm currently going to a church called Crossroad Nishinomiya, an international church in Nishinomiya, a city right between Kobe and Osaka. Check out their website: crossroad-web.com 私がハワイから来ましたけど1995年に宣教師と英会話の教師として日本に引っ越しました。 今西宮にあるクロスロード西宮という国際の教会に行っています。どうぞ、そのホムページを見てください: crossroad-web.com
カテゴリー: モーセ五書, 旧約聖書, 民数紀 パーマリンク

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