創世記18章、21章 — 苦さと喜び

聖書を読むときに、時々その登場人物の顔を見たいと思います。ビデオで録画したらいいのにねえと思います。例えば、アブラハムとサラが神様の言葉を聞いて笑ったときに、同じような笑い方だったかどうか知りたいです。

よく分からないけど、多分違う笑い方だと思います。アブラハムは笑ったときに、たぶん、いい冗談を聞くの笑い方だったかもしれない。「ええ?  サラは妊娠するの?90歳なのに?いい冗談だよ。冗談をもう一つを言って。」

でも、サラは笑ったときに、ちょっと苦いの感じがあったかなあ。神様の約束をよく知っていました。何十年前から聞いていた。でも、まだ赤ちゃんは来ていなかった。その間にすごい恥じを感じました。自分の女奴隷はサラを馬鹿にしました。でも、もう一度、神様は約束しました。

サラの反応は? 「まさか!何回も、その約束を聞いたけど、何も起こりませんでした。今、私はもう老いぼれてしまったのに、赤ちゃんを生むか? 主人も年寄りなのに?まさか!信じられない。」と言ったかもしれない。

神様の約束を成就するために待たなくてはならないときに、苦い思いを考えることは易しいです。神様に従うのに、まだ祝福を受けないときに、心が苦くなることは易しいです。祝福が決して来ないと思うことは易しいです。神様が約束を守らないと思うことは易しいです。その時に私たちはどうする?約束を信じ続けるか? 神様が私たちを祝福することを信じ続けるか?それとも、諦めるか?

アブラハムとサラの信仰は時々動揺しました。でも、結局、神様を信じ続けました。そして、神様の祝福を知りました。アブラハムとサラの信仰が時々動揺したのに、神様がその二人に恵みを与えて、息子を与えました。そして、不信仰で苦い笑いは喜びの笑いに変わりました。

サラはこう言ました。

神は私を笑われました。聞く者は皆、私に向かって笑うでしょう。誰がアブラハムに、「サラが子供に乳を飲ませる」と告げたでしょう。ところが私は、あの年寄りに子を産みました。(創世記21:6ー7)

神様、あなたの祝福のために待つことは難しいです。時々、私の信仰は動揺して、アブラハムとサラのように、私は自分の道を選びます。でも、私をあなたにもう一回近づけてください。あなたの恵みのために感謝します。私の信仰は時々動揺して、私が時々失敗するのに、あなたは私に忠実です。あなたとあなたの約束を待てるた めに、私に忍耐を与えください。アーメン。

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bkshiroma について

I'm from Hawaii, but have been in Japan as a missionary/English teacher since 1995. I'm currently going to a church called Crossroad Nishinomiya, an international church in Nishinomiya, a city right between Kobe and Osaka. Check out their website: crossroad-web.com 私がハワイから来ましたけど1995年に宣教師と英会話の教師として日本に引っ越しました。 今西宮にあるクロスロード西宮という国際の教会に行っています。どうぞ、そのホムページを見てください: crossroad-web.com
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