創世記 2:27 — 恥がない

私の娘(結実ちゃん)はいろいろなあだ名があります。例えば「結実ち」。それは普通ですけど、時々もっと面白いあだ名を使う。例えば「おしめ様」とか、「オムツちゃんぼ」と言います。もう一つのは「裸ちゃんぼ」と言います。なぜならば時々、お風呂の後で、結実ちゃんは裸でリビングに走ります。全然恥がない。このタイトルについて考えたら「裸ちゃんぼにしようかなあ」と思ったけど結局「恥がない」に決めました。

とにかく、この箇所を読んで、私が一番印象に残っているのは、神様の愛と親切さです。人間を創造するときに、愛を持って、全部供えました。例えば、美しくて、美味しい食べ物を造りました。納豆みたいな食べ物ではなくて、美しくて、美味しそうなものを造りました。(誰かは納豆が美しいと思いますか。)それに、詰まらなくならない為に楽しい仕事を与えました。

そして、アダムが自分の必要が分かる前に、神様はアダムが伴侶が必要だと分かりました。ふさわしい人が必要だと分かりました。だから、エバを創造してくださいました。

アダムはエバを始めて見たときに、反応がすぐに来ました。「すごい!私は探していたのはこの人です。私のために造られました。やった!」と言われました。そして、聖書に書いてあるのは「裸でも恥がなっかた。」

結婚はそのような関係じゃなくてはならないです。まったく裸です。でもセックスのことだけではなくて。魂の裸さも。心の裸さも。そして互いに完全に受け入れること。相手の全部を知り、受け入れ、また祝うことなんです。「すごい。この人が素晴らしいです。」と言う態度。

でも、たくさんの結婚はそれがなくて、すぐにだめになってしまいます。私たちは皆、相手を知りたくて、また自分自身を知られてほしいです。そして受け入れてほしいです。

笑いあう喜び。遊びあう喜び。話し合う喜び。サタンは私たちの結婚からどれぐらい盗まれたでしょうか。拒絶されることが怖くて、私たちの魂と心を裸にしないから。多分あなたは拒絶の傷跡があって、もう魂と心を開けたくないかもしれない。

でも、命の創造者に向かって、無条件の愛と受け入れを受けて、癒してくださいます。その癒しと受け入れによって、他の人を愛して、受け入れるようになります。 そして神様が私たちの死んだ結婚また死んだ関係に息を吹いて、新しくしてくださいます。それから、アダムとエバの関係のようになります。裸ですけど、恥がない。

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bkshiroma について

I'm from Hawaii, but have been in Japan as a missionary/English teacher since 1995. I'm currently going to a church called Crossroad Nishinomiya, an international church in Nishinomiya, a city right between Kobe and Osaka. Check out their website: crossroad-web.com 私がハワイから来ましたけど1995年に宣教師と英会話の教師として日本に引っ越しました。 今西宮にあるクロスロード西宮という国際の教会に行っています。どうぞ、そのホムページを見てください: crossroad-web.com
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